2003年12月5日〜2004年2月15日⇒ジロの預かり日記............................. 
...................................... ≪2004年2月16日⇒里親日記開始≫
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☆彡天使たちの詩☆彡。。♪♪

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2008,12,26 長い間ありがとうございました。
2008,12,24 ジロが天に召されました
2008,12,17 ジロが天に召されました
2008,12,15 ジロが天に召されました
2008,12,14 ジロが天に召されました
2008,12,13 ジロが天に召されました

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少しだけお休みします 2008,11,17




ジロ日記、少しだけお休みします。

書きたいことがたくさんあって、まだ半分くらいです。

もう少し整理してから、また後半書き始めたいと思います。

しばらくお待ち下さいね。



    

    3人でお出掛けするのが大好きだったジロ。新しい場所をクンクン散歩
    するのが何より好きだった。父も母も何処へ連れていっても「大人しくて
    お利口さん。」と褒められるジロと出掛けるのが大好きだった。
      

ジロが天に召されました 2008,11,16



ジロを愛していたのはジロ父も一緒。
ジロが我が家に来て間もない頃、最初は緊張してご飯もなかなか食べれず、
散歩も出来ずにいた頃、ジロ父は毎日ジロを撫でながら、
「うちに来てくれてありがとう。ありがとう。ありがとう・・・」何度も何度も言った。

休みの日は、一日4度の散歩に連れて行き、ジロにせがまれて一日4時間くらい歩いた。
いつも自分のことより、ジロのことを優先した。
ジロのためなら、どんな労力も惜しまなかった。

苦労してきたジロに、何でもしてあげたいと思っていたのは、二人共通の思いだった。




ジロが亡くなって、何日も泣き続けた父と母。涙はなかなか止まらなかった。
なかなかジロの死を受け入れられない。

でも想像してみた。
もし死んでしまったのが自分で、残されたのはジロとジロ父。
ジロとジロ父が、いつまでも母の死を嘆き悲しんでいる。
自分は透明人間で、そばにいてもジロとジロ父には見えない。
隣に行って頬を撫でてみても、ジロとジロ父は気付かない。
ジロとジロ父があんまり悲しむと、自分にはどうしてあげることも出来ず、
ただ悲しい。
ずっと泣き続けられたら、きっと自分の罪だと思ってしまう。
でも、もしジロとジロ父が「母ちゃん、今まで一緒に居てくれてありがとう。」と
言ってくれたらどんなに嬉しいか・・・
3人で過ごした楽しかった日々を、笑顔で話してくれたらもっと嬉しい。

ジロもきっと「ありがとう。」と何度も聞きたいはず。
父と母が、自分を思い出した時「ありがとう。」と言ってくれたらきっと嬉しいはず。

このことをジロ父に話すと、ジロを悲しませたくないと言って泣くのはやめた。

メソメソしてしまいそうな時は、ジロの気持ちになって想像してみる。







         マザコンだったジロは、母とぴったり身体をくっつけて
         添い寝をよくしたけど、父とはあまりしなかった。
         父はジロと添い寝したくて、母のこと羨ましくてたまらなかった。
         たとえ身体をくっつけなくても、たまにジロが添い寝
         してくれたら大喜び。仕事の疲れが取れると言ってた。
   
     

ジロが天に召されました 2008,11,15




ジロが我が家にきて4年8ヶ月。
ジロ父は忙しかったので、長い時間をジロと母とで過ごした。
母にとって子供のようでもあり、恋人のような存在だったジロ。

ジロが一日中、母のこと見つめてくれてたのは知ってたけど、
母も一日中、ジロのことを見つめていたのを、いなくなって実感した。
頭ではもう何処にもジロはいないと分かっていても、毎日の習慣で、
身体が勝手に動いてジロを探してしまう。
ジロのいつも居た場所に視線が行く。
夕方になると散歩しなくちゃと思ってしまう。
明け方目覚めると布団で眠るジロを探してしまう。
その感覚は数日続いた。
その度にジロと会えない現実を思い知らされ、寂しさで胸がいっぱいになる。

ジロはやさしい子だったから、いつも母のこと守ってくれた。
ずいぶん前に母が風邪をひいて一晩咳き込んで以来、母が咳をすると、
何処にいてもどんなに熟睡していても、飛んできて心配そうな顔をして、
母の顔を前足でやさしく撫でてくれる子だった。

父と散歩して帰ってきても、一番に母の姿を探す。
わざと隠れたりしたら必死で探した。
いつでも母の姿を確認しないと落ち着かない。
「母ちゃん、母ちゃん」と一日中見つめてくれた。

眠る時は,布団の中で「今日も一日一緒にいてくれてありがとう。おやすみ。」
毎晩そう言って抱きしめた。
ジロも母の手を隅々まで丁寧に舐めてくれる。
そうすればお互い気持ちよく眠りにつけた。

不器用さは残るものの、ストレートに愛してくれた。






            去年の母の誕生日に撮った写真。

ジロが天に召されました 2008,11,14



ジロとの別れは、あまりに悲しくて衝撃的で、この上なく辛いものだった。

最後の日の苦痛に歪むジロの顔がずっと頭から離れず、その死を受け入れられず、
ただただ苦しい。

あの可愛い可愛いジロは何処にもいない。

だんだん冷たく固くなる亡骸でも、家に置いてずっと抱きしめていたかった。

きれいな瞳で見つめてくれたやさしいジロはもういない。

圧倒的な喪失感で胸がいっぱいになる。

ジロは気を遣う子だったから、元気になってと励まし過ぎて、頑張らせ過ぎたんじゃないか、

もっとこうしてあげたら良かった・・・何度も何度も考えた。


ジロが天に召されました 2008,11,13



毎日の静脈への点滴で、ジロの両方の前足の皮膚は赤くなっていた。
やっと立ち上がっても、顎から転んでしまう。
ジロの身体は日々弱っていった。

最後は胸に水がたまり、だんだん出血もひどくなり極度の貧血状態になった。
輸血も拒否反応が出るので、3回までしか受けられない。
もう3回目の輸血時には、血液もどんどん薄くなり、酸素を運ぶヘモグロビンも
かなり減少していたので、とても苦しがった。

「明日か明後日です。覚悟しておいて下さい。」
そう先生に言われても、まだ信じられなかった。
現実をまっすぐ受け止められなかった。







最後は穏やかだったので、眠るようだった。
ジロの大好きなお家で、父と母に見守られ、母の腕の中で逝ったジロ。

「ジロ君は最後までよく頑張りました。すごい生命力でした。」
先生に何度も褒められた。







           日だまりでのお昼寝。毛並みの美しさも自慢だった。
        

ジロが天に召されました 2008,11,12


厳しい状況を宣告されても、ジロは最後の最後まで頑張った。
一時は奇跡的とまで言われる回復もあった。

ジロは繊細で寂しがり屋だったから、入院はさせず毎日病院に通った。
幸い病院は家から近く、車で2分くらいの距離だったので、一日二回通うこともあったので助かった。
その上,誠実な先生だったので精一杯の治療をしていただいた。

とにかく食べて血液が作られると、少しでも状況が変わるかもしれないと言われ、
ジロが食べられるものは何でも良いと言われていた。

今まで制限があり思い切り食べられなかったジャーキー。
そして唐揚げ、卵焼き、ソーセージにケーキやプリン・・・
味の濃いものや匂いのきついものが食べやすかったのか、放浪時代にもらうことが
多かったのか、普段はもらえない食べ物を、最初は少しずつ食べていたけど、
それもだんだん受け付けなくなった。

ジロが食べたいものがあっても、母が気付いてあげられないんじゃないか、
何だったら食べてくれるのか、それが知りたくて毎日そのことばかりを考えていた。
お皿にはいつも何か並べておくようにしていた。

なにか食べられるものはないかと、色々なものを鼻先に持っていった。
でもジロは食べたくても食べられないから、それが苦痛じゃないかと
胸を痛めたりした。

そんな矢先、自らやっとこさ歩いてお皿の前に行き,食べてみせたジロ。
一度にたくさん食べれないので、何度も力を振り絞ってフラフラの身体で
お皿までたどり着き、少しずつ食べた。
最後まで生きよう生きようと頑張ったジロ。

もうすでに何も食べれる状態でないのに,亡くなる前日にもソーセージを
7本も食べた。
先生によると、吐かずにこんなに食べるなんて、本当にすごいことらしい。










            ロールケーキを父にもらう。ジロは好きだった。

            母からモスチキンをもらう。
            お客さんが買って来てくれたものを、ジロは匂いにしっぽを
            振って大興奮。母に催促して二個食べた。

            最後の2週間の中で、3日ほど色々たくさん食べてくれた。
            痩せる一方だったのに、毎日少しずつ体重が増えて
            父と母を喜ばせた。





ジロが天に召されました 2008,11,11


今日から少しずつ、ジロのことをお話しようと思います。
日記を書くのは最後になるので、思いついたことを書こうとすると、
長くなりそうです。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



夏に肝臓の数値が上がってから、体力が少しずつ落ちていったジロ。
食欲がなくなり、階段やソファーに上れない。元気がなくだるそうにしている。
歩くのもゆっくりゆっくりになり、散歩中に「老犬ですか?」とよく聞かれた。

本当に具合が悪くなって、厳しい状況を宣告されたのは亡くなる2週間前。
肝臓からの出血。恐れていたことだった。

ジロがいなくなるのは考えられなかったから、宣告されるまで、
何とか回復してくれる、もう一度元気になってくれるとずっと信じていた。
宣告されても、奇跡が起こるんじゃないかとずっと願っていた。
認めたくなかった。

その2週間のことは、きちんと順序立てて振り返れるほど、あまりよく覚えていない。
あまりに毎日が必死だったから。






            茨城のお家にて。日だまりの中で眠るジロ。
            寝顔を見るだけで癒された。

ジロが天に召されました 2008,11,9


突然のお知らせで・・・何から話したらよいのか分かりません。

慢性肝炎を患い、末期症状の肝臓からの出血で亡くなりました。

肝臓が悪くてずっと治療を続けていたけど、今まで病気を忘れるくらい元気に
過ごしてきたジロ。

この夏の暑さで体調を崩してから、ジロは精一杯頑張って病気と闘ってきたけれど、
10月29日午前4時すぎ、虹の橋へ旅立ちました。

そして、ジロがいなくなって改めて、ジロのことを忘れないで見守って下さった方が、たくさんいらっしゃたことを実感しました。

神戸に引っ越してからの様子をお知らせしようと思ってた矢先、ジロが体調を
崩したので、そのままになってしまいました。

神戸での様子を、もっと早くアップしていたら良かったと悔やまれます。






もう少し気持ちを整理してから,ジロが病気と闘ったことをお話したいと思います。

忘れないうちにと思ってます。もう少しお待ち下さい。







              去年の夏、軽井沢にて。


























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